太田地方と富山城下町との境目が太田口です。そして流れる小川が足洗川。昔は、この川で足を洗って城下町に入りました。「里人洗足せしゆへ足洗河と申し伝え候由」と天保12年(1841)の「富山町方旧事調理」に書かれています。足洗川は今、ほとんどが暗渠になっていますが、「ギャラリー太田口」の裏手、日枝神社側では川面が顔を出し、清流を眺めて往時を偲ぶことができます。日枝神社にはもう一つ、麁香(あらか)神社があります。この神社は建築の神々を祀っています。
21世紀の街づくりもテーマの一つと考える「ギャラリー太田口」が足洗川を挟んで麁香神社に隣接しているのもご縁かも知れません。また富山藩お抱えの狩野派絵師・木村立嶽は文政8年(1825)白山神社に生まれ、太田口通り(旧星井町大工町組)に住んでいましたから芸術にも縁のある町と言えます。
私達、太田口の住民は太田口を過去の街にしたくありません。そこで新しい発想で太田口通りのルネッサンスを試みようと考えています。「ギャラリー太田口」のオープンはその第一弾になれば、という願いが込められています。

太田口通りのいくつかの商店や民家は奥行が深く、そこに中庭や離れを持っています。「ギャラリー太田口」は富山国際職藝学院の協力で建物を全面改修、庭の整備を行い、往時の太田口通りの民家の風情を再現しました。ギャラリーには心地よい手作りのテーブル・椅子を配置、作品観賞の合間に庭を眺めて目を休めることが出来る設計をしています。少人数の会合などにもご利用ください。

ギャラリー太田口は早稲田大学建築学科尾島研究室によって運営されています。ギャラリー太田口を富山まちなか再生の拠点にしたいと考えています。